猪俣庭園
成城にある猪俣邸を訪れた。昭和42 年(1967 年)に吉田五十八の設計により建てられた住宅で、平成11 年(1999年)に猪俣氏より世田谷区に寄贈され、現在は「猪俣庭園」として一般公開されている。都内とは思えない広大な庭園に囲まれるようにして、2 つの茶室を含む現代的な数寄屋建築が建っている。晩年の吉田五十八のエッセンスが随所に見られる、貴重な作品と言える。
私は、猪俣さんがまだお住まいであった平成10 年に一度見学させていただいたことがある。その時はまだ学生だったこともあり、何となくカッコいいな、ぐらいの印象でしかなかった。吉田五十八作品を鑑賞するには知識や経験が不足していた。今回再訪してみて、全体の雰囲気は覚えていたが、初めて訪れたかのような新たな発見の連続であった。ようやくこの空間を理解し始めたように思う。
この建物は100 坪以上あるが、ぱっと見ただけではその大きさは感じられない。面積が大きい建物は、屋根が大きくなってしまいがちで、外観から巨大さを感じさせてしまうものであるが、桂離宮にみられるような、屋根をいくつかに分け、小さな屋根を集めるという手法を取っている。そのために中庭を二カ所配しているという。
門をくぐると、アプローチが現れる。玄関まで最短距離で通すのではなく、少し曲げたりして視線をふり、建物を広く豊かに見せている。京都の寺院などにも見られる、前庭のある豊かなアプローチは建物の顔であり、内部のすばらしさを推し量ることが出来る。
建物はいわゆる邸宅のつくりであり、玄関に入ると右手はユーティリティスペース、左手が居間などのパブリックスペース、奥に和室や書斎、離れに茶室が配されている。それぞれの空間が緩やかに連続しているというのではなく、ワンシーンごとに部屋が分かれており、それぞれが完結した見応えのある意匠である。家具などの造作材やキッチンのレンジフードなど、細部にわたって緻密にデザインされている。
ことのほか、各部屋と庭とをつなぐ開口部のプロポーションがとても美しく、雨戸、網戸、ガラス戸、障子がすべて引き込める開放的な設計になっている。これが、吉田五十八流の近代数寄屋として現代でも踏襲されている手法である。
離れにある書斎は、五十八の弟子である野村加根夫の設計であるそうだが、こちらは角の二面を開いて庭を望むようなデザインになっている。近年この角の柱を省略し、さらに開放性を高めるような設計も見られるが、むしろこの柱が一本あることによって、軒下空間の特徴である内部と外部の中間領域性が感じられるように思った。
猪俣邸には茶室が二つあり、それぞれは通常よりも開口部が多く開放的である。それぞれの開口のプロポーションやお互いの配置のバランスはさすがである。三渓園にある春草盧を彷彿とさせる。いつの日か、ここで一服いただいてみたいものである。
(写真:山王、文:木名瀬)
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玄関からアプローチを見る。通りの様子は全く見えない。
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夫人専用リビング。同じ庭でも見る箇所によって全く異なる景色になる。
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メインリビング。全開口の状態。
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離れにある書斎。
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離れの四畳半の茶室。手前の光悦垣が美しい。
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内部は非常に開放的で、客はお茶を戴きながら庭を楽しむことも出来る。
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書斎奥の一畳台目の茶室。なにもかもがミニマムなつくり。